なぜ派遣社員になったのか?(前編)

ちょんいえは派遣社員をやっています。
別に派遣が好きだからとかライフスタイルで派遣のほうが合っているから派遣社員になったわけではありません。
初めは正社員として就職したのですが、知らない間に、導かれるように、気づいたらなっていました。

正社員として会社の敷地内の学校に通う

学校

工業高校卒業後、大学進学をしたかったのですが、家庭の事情で(親と離別していた)進学はできず就職をするしかありませんでした。

求人情報が各企業から学校に来るのですが、今の高校は知りませんが、その当時求人情報を見て行きたい企業を選択出来るのは、成績順になっており
工業高校というレベルの低い中では勉強が出来たほうなので、自分の志望する会社を難なく選択ができ正社員として就職することができました。

就職したのは、自動車メーカーの大手グループ会社で、技術者として採用してもらいました。

普通会社に入社すると1~3カ月ぐらいの新人研修があって各職場に配属されると思うのですが、ここでは、1年間会社の敷地内にある”学園”と呼ばれる学校に通って仕事はせず、8時~17時までひたすら勉強や実習を行い仕事に必要な知識や技能を習得するってことを行いました。

工場の敷地内に学校があって、1年間勉強しているだけで、給料も貰えるなんてどれだけデカい会社なんだって話しですけど、これが志望動機でもあったわけですね。

学園は、高校生活の延長みたいな感じで、スーツでは無く学園独自の制服を着て普通に授業があり先生は、各職場で現役で働いている先輩社員が行うものでした。

放課後(就業後)はクラブ活動もありましたし、自動車メーカーの大手グループ会社も同じように学園があるので、何社かの学園生同士が集まり体育大会まで行っていました。

あと自腹ですけど社員旅行ならぬ就学旅行(海外)までありましたね。

クラスは機械科、電気科、技術科に分かれていて、機械科、電気科は卒業後に現場の作業員として配属されるところで、技術科は設計や開発業務に配属されるところになっており
ちょんいえは技術科で勉強をしていました。

元々電気科出身だったのですが、ここで機械製図や電気の配線図、プログラム言語など幅広く勉強をさせてもらえました。

ここでの勉強が無かったら、今の派遣とはいえ機械設計の仕事は出来なかったのでありがたかったのですが、その後がこの会社クソでしたからね。

配属された部署

学園卒業後、配属されたのは、産業用ロボットの制御を開発する部署で、制御BOX内の電子基板の設計やプログラムの組み込みを行う開発の業務でした。

学園で勉強したものの勉強しただけの知識では最初から電子基板の設計やプログラムを組めるわけもなく、最初はひたすらマニュアル作りをさせらていました。

並行して電子基板の設計の補助をしていたのですが、これを担当していた上司が冷たいというか、嫌味たらっしいというか、こんなの知ってて当然でしょみたいな口調でろくに教えてもくれず
『この基板にある各ICチップがどういう働きをしているか説明できるように自分で勉強しておいて。 来週テストするから』 みたいなことを言われるし
いつもムスっとしてて、コミュニケーションが取りづらくこの人と一緒に仕事をするのは非常にストレスでしたね。

この部署では、毎年大阪で開催されるエレクトロニクス展と呼ばれる展示会に参加していて、展示会の技術者として参加するのが新人の役目になっていました。

展示するロボットを準備して、どのように動かすのか考え、動作用のプログラムを組んだり、実際に営業の方と出張してデモンストレーションを展示会の現地で行うってことをやらせてもらえたのは楽しかった覚えがあります。

この会社には、製造ラインで働かなければいけない徴兵制度がある。

徴兵

半年経った時、自動車部品事業の工場へラインの作業員として3ヶ月間応援に出されました。

この会社の主力事業は自動車部品で、自動車部品工場は慢性的に人手不足になっていたため、この人手不足を補うために設計や開発部門関係なく年齢や学歴も関係無く大卒さえも対象になっていて、各部署からある一定人数を常に応援として出さなければいけないシステムになっていました。(役職者の応援はさすがに無かったです。)

よく設計開発業務を行うためには、現場を知っていないと出来ないみたいなことを言われますが、現場を勉強するにしても業務に関係する形で組立現場に一定期間配属されるっていうのならわかるんですが、ちょんいえが配属されたのは、ロボットの開発業務なので、自動車部品の組立ラインなんて何の役にも立たないですからね。

これ、単なる人手不足を解消するために社内の人間を回しているだけで、徴兵制度みたいでしたね。 しかも拒否はできないという。

自動車部品の組立ライン作業は本当にきつかったですね。
きつかった理由は下記です。

1.通勤に時間が掛かる。
自動車部品を生産している工場は、自分が配属されている工場とは別の工場だったので、2つ隣の市まで車で通勤しなければいけませんでした。
しかも、主要幹線道路を通らないといけないので通勤ラッショや事故でしょっちゅう渋滞していて片道1時間以上は通勤に時間が取られていました。

2.一日中立ちっぱなしの仕事
普段はディスクワークなので、一日中立ちっぱなしで体を動かしていないといけない肉体労働というのが本当にきついんですよね。
帽子をかぶっていると頭は蒸れるし、安全靴というつま先に物が落ちた時に怪我をしないように鉄板が入った靴を履いていないといけないのですが、これも蒸れるし重いし擦れて痛いしで
一日働くと足が棒のようになってクタクタに疲れます。

3.部品が重い。
自動車の部品って鉄で出来ていて1個1個の部品が大きく、ユニットになっていくとさらに重くなっていきます。
最初はラインのワーク上で自動で運ばれているんですけど、どこかで人の手によって動かさなければいけない工程がでてきます。
1個や2個ならいいですけどこれが1日数百個とか数千個やってるとかなりの重労働になってきます。

4.油まみれになる。
鉄の部品はそのままだと錆びてしまうので、部品は常に油まみれです。
1日中油をさわっていると手が荒れてしまうので、軍手をしてその上にゴム手袋、ゴム手袋だと滑るので、その上にまた軍手と3重にして手袋を付けていました。
たまにバリや鉄粉が刺さったりするので、これを防ぐ意味もありました。
あとは、部品の中に油を入れたり抜いたりする作業が所々であるんですが、ホースを部品に繋ぐジョイント部分のパッキンがヘタってたまに破れるんですよね。
こうなると『ブシャー』と辺り一面に油がまき散らかって、全身油のシャワーを浴びて油まみれになります。
パッキンは、破れないと交換しないので、応援者が必ず受ける洗礼になっていました。

5.生理現象を我慢しなければいけない。
ちょっとションベンしたくなったからとか腹を下していてウンコしたいと思ってもラインが稼動している最中に途中で抜けてトイレに行けないんです。
抜けてしまうとその工程で停滞し部品が山済みになってしまうか、ラインがSTOPしてしまいます。
よっぽどのことでない限り我慢するしかありません。 どうしても我慢出来ない場合は、班長を呼んで変わりにラインに入ってもらうしかないのですが、その班長が、有給などで欠員の場所に入っていると誰にも助けを求められないときもあります。
いくら仕事とはいえ、生理現象まで我慢して作業を続けなければいけない仕事なんて、人間の尊厳を奪われている気がしていました。

6.休憩時間があって無いようなもの
10時と15時(夜勤は22時と3時)に休憩時間が10分間づつあるのですが、10分まるまる休めなかったです。
時間になると人の有無なくラインが動いてしまうので、ラインが動く前に前述した手袋を3重に装着しないといけないですし作業場にスタンバっていないといけません。
他にもラインのタクトはギリギリに設定してあり標準作業以外の余裕の時間は作っていないので、部品を補給しておいたり、部品の空箱を片付けたりしておかないとタクト時間が遅れる原因になってしまいます。
実質5分ぐらいしか休めなかったですね。

7.夜勤がある。
自動車部品の製造ラインは朝8時~17時までの昼勤と夜20時~朝5時までの夜勤とを隔週で2交代制の入れ替えをする勤務になっていました。
人間ってやっぱり朝目覚めて昼に活動し、夜になると眠くなるように体内時計が刻まれているので、夜中に働いて、昼間の明るい時に寝ようとしてもちゃんと寝れないんですよね。
夜勤の時はとにかく眠くて、半分寝ながら作業をしていました。
1週間夜勤をやって夜勤に慣れてきたと思ったら次の週は昼勤に戻るので、生活リズムが狂い、規則正しい生活が出来なかったですね。

きつかった自動車部品の製造ラインですが、期限が3カ月と決まっていたので何とか耐えることができました。
ラインの業務で唯一良かった点は、夜勤手当と残業が多いので、給料が増えることぐらいですかね。

後編に続く

ランキング参加してます。
おもしろくなくてもポチッと応援お願いします。
にほんブログ村 就職バイトブログ 派遣社員へ
にほんブログ村


派遣社員ランキング